深海DIARY

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【アルバム感想】『宜候』 槇原敬之

槇原敬之 23rdアルバム

2021年10⽉27⽇ リリース(配信は25日)

 

収録曲

01 introduction ~東京の蕾~
02 ハロー︕トウキョウ
03 悶絶
04 悲しみは悲しみのままで
05 特別な夜
06 わさび
07 なんかおりますの
08 Counting Blessing
09 虹⾊の未来
10 好きなものに変えるだけ
11 HOME
12 宜候

概要と感想

槇原敬之23rdアルバム。
前作から約2年のオリジナルアルバム。
 
宜候」とは「ようそろ」と読み、航海用語で船を直進させることを意味する、操舵号令とのことで、槇原敬之の新たなる航路への出航をアピールした全曲新曲でのアルバムとなった。
 
再出航、ということで、触れずにはいられない槇原敬之2度目の逮捕
 
そもそもマッキーは2019年より槇原敬之デビュー30周年プロジェクトとして、まずカバーベストアルバム『The Best of Listen To The Music』をリリース。その後もキャリア初のセルフカバーアルバム発売(2022年3月2日にリリース決定)、夏にはオールタイムベストアルバム発売、秋にはツアーと30周年にふさわしい活動が予定されていた中での覚醒剤関連で逮捕という結果になり、全てが中止に。2020年は活動が途絶え、2021年、本作をもってミュージシャン槇原敬之としてキャリアを再開。
 
公の場に出てプロモーションすることはなく、本『槇原敬之 歌の履歴書』を発売したり、ファンクラブ限定で公開された全曲解説の音声を、再編集した「槇原敬之 Album「宜候」セルフ解説」をYouTubeに公開するなど、大々的な復帰、というよりは往年のファンに届かせるような限定的なプロモーションだった。
限定的、とはいえチャート順位では初登場6位を記録。順位だけでいうと、ここ最近の作品とも肩を並べるいつも通りな順位で、売り上げ枚数は前作の作品を下回ったが、2日早く配信解禁していることや、サブスクの台頭による市場の変化もあると推測するが、ファンの多くがそのまま付いてきたのかなと。
 
2018年春に槇原敬之の友人で事務所の元代表だった某氏が覚醒剤関連で逮捕され、逮捕直前にその某氏を槇原は事務所の代表から解任していたとはいえ、嫌な予感はしていたが、まさかの30周年プロジェクトの最中に槇原敬之も逮捕という流れは中々のものであった。
 
一度目の逮捕の復帰作『太陽』と同じく全曲新曲のアルバムでの復帰となったが、『太陽』と決定的に違うのは、『太陽』は反省と内面に向き合うシリアスなアルバムだったのに対し、今作『宜候』は反省と内面に向き合う、というよりは、過去があるから今があり、そして未来がある。といったような基本前向きなアルバム。
 
まあ、またも反省一色な作風になっても、2度目の逮捕となるとなぁ、という気を筆者はしてしまうので、本作の形にシフトしたのはわからんでもない、と思っちゃう。
 
冒頭5曲で過去を踏みしめマッキーが思い描いたこと、M06の「わさび」を挟み、以降は今や未来を見据えて思い描いたことを歌う、そんな二部構成昔で言うA面B面のような構成を感じ取れる。
 
筆者の感じ方だが、マッキーは1度目の逮捕から復帰し、ライフソングと称して「人間の本質、マッキーの思う道徳、精神」的なものを歌っていき、「世界に一つだけの花」で一つの境地が見え、自主レーベルに移行して今まで以上にダイレクトに、歌手という表現者として歌い伝えていき、作品を出すたびに肩の力が入り過ぎていったように思う。
前作『Design & Reason』とかもう、槇原敬之という器を超えた仙人のような領域の歌詞だった。
 
そんな中で、今作は槇原敬之という器にいい意味で収まった、肩の力が抜けてマッキーと呼ばれる槇原敬之が帰ってきたようなアルバムなんじゃないかな、と。
 
M02では「東京DAYS(94年に発表されたアルバム『PHARMACY』収録)」のメロディーが使われ、M02から過去の若かりし自分と向き合いM04やM05といった古き友人と再開した経験が、槇原敬之という大物ミュージシャンをデビューから真っ直ぐに曲を送り届けた90年代の槇原敬之、いやもしかしたらデビュー前の槇原敬之という人間に戻してくれたのかな。そしてM06から新たなる試みを行い、過去を踏みしめ新しい槇原敬之という像を作っている、最初に通して聴いたとき素直にそう思った。
 
演奏陣でも佐橋佳幸や小倉博和、毛利泰士といった懐かしいメンツが集い、アマチュア時代からの友人沢田知久が復帰(19年ぶり)など、参加ミュージシャン・スタッフの面々からしても、等身大の槇原敬之が帰ってきたんだな、と思える1作だった。
 
須藤晃の詞に曲を付けたり(M06)、松本圭司をアレンジャーに迎えて制作された本格ジャズソング(M07)など、新しい試みも行われており、これからの槇原敬之に対する期待も膨らむ。いっそのこと、プロデューサー付けるとか、アレンジャー委託とか制作過程をガッツリ変えたほうが面白そうでもあるんだが。
 
とにかく、前作までが、ものすごい高みから語り掛ける神様仏様のような槇原敬之に感じてしまったが、今作は身近に暖かく歌ってくれる、そんなマッキーのアルバムだと感じた。
 

Pickup Songs

01 introduction ~東京の蕾~

イントロダクション。2分ほどの短い曲。マッキーといえば1曲目はインスト、ということも多かったが、今回は歌詞がある歌もの。「ふるさと」や「朧月夜」「荒城の月」のような古来の日本人的な感性、メロディーを感じれる童謡のようなノスタルジーな1曲。自然と頭にセピア色な東京が浮かぶというか。この曲を聴いた瞬間に、今回のアルバムはひと味違うのでは?と予感させた。

02 ハロー︕トウキョウ

M01とサウンド・世界観が繋がっており、上京してきた頃のワクワクとドキドキをノスタルジーに描いているポップスソング。先述したように「東京DAYS(94年に発表されたアルバム『PHARMACY』収録)」のメロディーが間奏で使われており、昔からのファンならニヤリとするのでは。「三人」の頃のような温かみを感じられる1曲なんだけど、「三人」の時とは違い、東京という街に染まったというか、東京という存在を身近に感じたからこそ溢れる哀愁的な部分も表現されており、人間として熟すということはこういうことなのかな、と思う。

05 特別な夜

同窓会の案内状には欠席に丸をつけたと「遠く遠く」で歌っていたマッキーがM04をキッカケに「特別な夜」を過ごせた同窓会的な再開ソング。「遠く遠く」のこの歌詞があったからこそ、この曲が胸に響く。「大事なのは変わっていくこと 変わらずにいること」と歌っていたけど、その気持ちが再確認できた夜だったのかな。

06 わさび

須藤晃の未発表詞を見て曲を付けたところ、本人に気に入ってもらったという。マッキーが⾃⾝も歌唱する楽曲で作詞提供を受けたのはダウンタウン松本人志が手掛けた「チキンライス」以来17年ぶりとなる。
須藤晃の詞ということで、方向性は玉置浩二に提供した「純情」に近い。詞の中の人物が相手に向かって語り掛けている、国語の教科書にあるような、正に詞というより詩なんだと思う。
元々歌詞を先に作ってからそこからメロディーが浮かぶ(詞先)槇原敬之。そんな彼だからこそできる、「わさび」の詩からメロディーを最大限に引き出せた名曲。ピアン中心でシンプルなんだけど、シンプルでも心に染みる曲を作るからこその槇原敬之だ。
 
ただ、「神様ありがとう」と歌い続けるマッキーが「神様なんていないけど 私はずっと私でしょ」とあるこの歌詞を歌ったのは驚いた。でも、「好きなものは好きと言える気持ち」とか「ダメな自分も好きにならなくちゃ」っていう神様信仰し始めるライフソング提唱前の歌詞を聴くと、人の根本は神様云々じゃなく、まさに「私はずっと私でしょ」ってことじゃないかな、と思うんだよね。
 
余談だが須藤晃の息子さんトオミヨウも近年の槇原敬之作品に参加しており、本作でも引き続き参加(M09)。アルバムの中で親子共演している。

09 虹⾊の未来

マッキー曰く「世界に一つだけの花の分家ソング」
「世界に~」の時以上に、オンリーワンを直接的に叫んでいるエレキを推したロックで社会性のあるシリアスソング。
「男の子は青で 女の子はピンクとか」と歌いだすのは、昨今のマイノリティな部分とかを自身の経験も持って伝えているのかな。オンリーワンで多様性を認め合おう、という姿勢を鮮明に主張することは「世界に一つだけの花」の生みの親だからこその使命感もあるのだろうか。

12 宜候

アルバムの締め。そして再航路について明確に歌われた前向きソング。
広大な海を船で自由気ままに航路するような、穏やかで広大な雰囲気がする王道マッキーポップス。
こういう肩の抜けた自然体のマッキーが一番素敵かな、とこの曲を聴いて改めて思ったのだが、この航路が、嵐にあって座礁しないことを祈りたい
アルバムの締めでもあり、締めだけで終わらず、次をつなぐ1曲だ。
 

 

P.S

と、まぁ筆者が曲と詞を聴いて感じたことをまとめてみたが、本人の解説を聴きたいなら『槇原敬之 歌の履歴書』を読むべし。YouTubeの解説以上に解説されている。
 
今作の全曲の他に、過去の楽曲についても解説されており、読み応えはあるんだが、『宜候』の解説を読むと、テーマ性(特に後半の曲たち)のある曲については熱を込めて解説されているが、非常に淡泊というか、自分の言いたいことを言って、細かいところを突いてきても答えないよ、的な冷たさを感じる部分が何個かあった。
 
事件をきっかけにゴシップな振り回しもあって疲れたのか、そうでないのかは推測の域だが、最初の逮捕で一緒に捕まった某氏と裁判後に復縁し事務所の社長に。そしてまた逮捕、という彼の事件に対する反省の割り切れなさはあったと思うし、それでも多くのファンの指示を受けて活動をしてきた槇原敬之なんだけど、文章の作り方が雰囲気を作ってしまったのか、はたまた本心なのか、全体的に物事に関して冷たくあしらっている表現も多く、ミュージシャン槇原敬之は暖かみを感じる一方で、槇原敬之という個人としては冷たさを感じるなぁ、と『槇原敬之 歌の履歴書』を読むと思ってしまったところ。
 
他の槇原敬之に関する本やインタビュー、TV等では暖かさを感じるんだけどね。